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マザー・テレサの生涯

 

 1910年 
ユーゴスラビアのスコピエ(現マケドニア)でアルバニア人の両親の間に生まれる。
 1929年
コルカタ(カルカッタ)の聖マリア高等学校で地理を教え始め、その後校長を務める。
 1946年
ダージリンへ向かう汽車の中で “神の召命”を受ける。
 1948年
修道院外での活動への許可をローマ法王に申請、受理される。
白地に青のストライプの入ったサリーと十字架を身につけ、修道院を出る。
アメリカの医療伝道修道女達のもとで3ヶ月間集中的な看護訓練を受ける。
モティジールに初めてのスラム・スクールを開く。
 1950年
インドに帰化。
「神の愛の宣教者会」設立。
 1952年
「死を待つ人の家」開設。
 1955年
「聖なる子供の家」開設。
 1957年
ハンセン病の巡回診療を始める。
 1962年
インド大統領よりパドゥマシュリ賞を授与される。
またフィリピンより、マグサイサイ国際理解賞も受ける。
 1965年
「神の愛の宣教者会」がローマ教皇パウロ6世認可の修道会となる。
インド国外で最初の修道院をベネズエラに開設。
 1968年
西ベンガル州にハンセン病患者のコミューン「平和の村」を開設。
 1971年
ローマ法王パウロ6世より、ヨハネ23世平和賞を授与される。
ジョン・F・ケネディ国際賞を受賞。
ワシントンで人間学博士の学位を贈られる。
 1972年
インド政府より、1969年の国際理解への活動に対して、ジャワハラール・ネール賞が授与される。
 1973年
フィリップ殿下より、「宗教の発展」に対するテンプルトン賞を授与される。
 1974年
アメリカにてマーテル・マジストラ賞を受賞。
聖フランシス・アッジ3等勲章を贈られる。
 1975年
ローマにてFAOの「セレス」メダルの一面に、英國芸術家マイケル・リゼルが彫刻したマザー・テレサの肖像が使われる。
アメリカで第1回アルバート・シュバイツアー国際賞を受賞。
 1976年
インドのシャンティニキタン・ワシラ・バラット大学から名誉博士号を贈られる。
 1977年
ケンブリッジ大学名誉総長フィリップ王子より名誉神学博士号を贈られる。
 1978年
東京に「神の愛の宣教者修道士会(ブラザーの会)」開設。
 1979年
ローマにてバルザン国際賞を受賞。
アメリカのテンプル大学より名誉博士号を贈られる。
オスロでノルウェー王からノーベル平和賞を授与される。
 1980年
インドで最高の名誉であるバラット・ラトナ(インドの宝石)勲章を贈られる。
 1981年
この年と翌年に、二年連続して来日。
 1982年
ハーバード大学より名誉博士号を贈られる。
 1984年
三度目の来日。
 1997年
3月病気のため総長を引退。新総長にシスター・ニルマラが選ばれる。
9月5日(日本時間9月6日午後6時)「もう息が出来ないわ」の言葉を残し永眠。
9月13日インドで国葬が行われた。
 2003年
教皇ヨハネ・パウロ2世により列福され、福者とされた。
マザー・テレサの言葉
 


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